人類皆エビフライ

「ゴキブリの羽とエビの尻尾は同じ成分らしいよ」

昔そんなことを友人から聞いた。

その友人曰く、エビフライの尻尾を食べてるやつはゴキブリを食べてるのと同じらしい。

 

なるほど。もともとエビフライの尻尾は残すタイプ(というかこの時初めてエビフライの尻尾を食べる人種がいると知った)だが、この話を聞いたあとだとなおさら食べる気は起きないなと思った。

 

以来僕はエビフライの尻尾を残し続け、いつのまにか大人になった。

死ぬまでエビフライの尻尾を残し続ける人生。その生き方になんの疑問も抱かずに生きていた。それが正しいことなんだと、ゴキブリの羽と同じものを食べるなんて人間のすることじゃないんだと自分に言い聞かせて。

あの頃の僕は、自分の人生が数多のエビフライの尻尾の犠牲の上に成り立っているその現実から目を背けていた。

 

そんな臆病者の僕を、深い罪悪感の海から救い出してくれたのは地元の友人・りょーたろーだった。

 

あれは去年、りょーたろーと電話をしている時だった。

僕はあの呪いの言葉を言ってしまった。

「ゴキブリの羽とエビの尻尾は同じ成分らしいぞ」

と。

救えない。自らが長く苦しむことになった言葉を友人に浴びせるとは。

仲間が欲しかったのかもしれない。一緒にエビフライの尻尾に怯え、苦しむ仲間が。

言い終わると同時に、自分の胸にドス黒い泥が溜まっていくのを感じた。まるで焦げたエビフライの色のようにドス黒い泥だ。

しかしりょーたろーは、そんな僕の思いを裏切るように、軽快な口調でこう言い放った。

 

「らしいね!でも俺普通に食べるよ!気にせんね!」

 

衝撃だった。後頭部をエビフライで殴られたような気がした。

僕はあの言葉を聞いて以来、夢のなかでもエビフライの尻尾の亡霊にうなされる日々をおくったというのに…

 

大きな困難にぶつかったときに、その人の本当の強さがわかるという。

エビフライの尻尾がまさにそれ。僕たち人類にとっての大きな、とても大きな困難だ。

 

りょーたろーはその困難を乗り越えた。強い人間だ。

ぼくは弱い。いつまでも困難の前で膝をついたままで前に進めない。歩き疲れて母に抱っこをせがむ子供のようだ。

 

しかしいつまでもこうしてはいられない。僕も前に進まなくては。

甲殻類が脱皮をするように、自分の殻を破らなくては。

 

「ありがとう。おかげで決心がついたよ。」

 

僕はそう言い残して電話を切った。

 

窓の外がかすかに明るい。いつの間にか夜が明けたようだ。

窓を開けて外の空気を吸い込む。四月の冷たい空気が肺を満たしていくと同時に、胸にたまっていた泥が消えていくのを感じた。

 

その日、不思議な夢を見た。

僕とエビとゴキブリが手をつないで海岸を歩いている夢。みんな笑っていた。

争い、貧困、格差、差別、種族の壁、そんなものは存在しないというような、どこまでも幸せそうな笑顔だった。

 

目が覚めて、近くのスーパーにむかい、惣菜コーナーでエビフライを購入する。

 

家に帰り購入したエビフライを食べる。いつも通りに。

尻尾だけが皿の上に残っている。いつもと違うのはここからだ。

 

尻尾を箸でつまみ、口に運んでいく。

そこにはもうゴキブリの羽だとかそんなくだらない思いは介在しない。

ただひたすらの感謝。エビへの感謝。

 

”僕のもとへと辿り着いてくれてありがとう””

 

尻尾を食べ終わったあとに残るのはただの満腹感だけではなかった。

成長できた充足感。やっとこの世界と一つになれたような一体感。

 

あぁ、そうだ。僕は僕なんだ!!!

僕はここに居ていいんだ!!!!!!

 

おめでとうと世界が祝福してくれる。

ありがとう。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

ーー エビフライを君に ーー