僕の夏休み ~あさみさんお元気ですか?~

夏が来るたびに思い出す。あの四年前の夏。あさみさんとの出会いを。

 

専門学生時代の夏休み、僕は滋賀にあるリゾートホテルで住み込みのバイトに勤しんでいた。だいたい三日働いて一日休みくらいシフトだったんですが、一度五連休をもらいました。せっかく関西にいるし、この五連休を使って甲子園を見に行くことを決めました。

勝戦の前日に到着し、決勝戦を見てから滋賀に帰ろう。宿はどこかしら空いてるだろう。

甲子園に到着し、宿を探し始めた僕は自分の考えの甘さを痛感しました。宿がどこも空いていない。甲子園付近の宿は、出場校やその関係者、観戦者で満杯だったのです。これはネカフェか野宿だなと思ったその時、その建物を視界の隅に捉えました。煌びやかなネオン、不自然にそびえ立つヤシの木。でかでかと書かれた「休憩」の二文字。そうラブホテルだ。ラブホテルが目の前にある。

汗もだいぶかいたし、なにより慣れない土地のせいか思いのほか疲れている。ネカフェじゃこの疲れは取れないだろう。ちゃんと風呂に入ってベットで寝たいんだ。

泊まろう。ラブホに泊まろう。ラブホを利用するのは初めてだ。なんなら童貞だ。童貞の僕は、ラブホというのが一人で泊まれるものなのかはよくわからない。わからないがとにかく中に入ろう。エントランスに入ると先客のカップルが受付をしていました。そのカップルの受付が済むまでソファーに座って待つことにする。手持ち無沙汰なのでテーブルに置いてある冊子を読むことにした。その冊子には部屋で視聴できるチャンネルが書いてあった。当然ぼくはアダルトチャンネルのページを注視する。食い入るように見た。穴が開くくらい見ていたそのとき

「すみません。あの~、お一人ですか?」

突然隣から声をかけられ僕は驚いた。アダルトチャンネルのページを見ている最中だったのでなおさらだ。声をかけてきた人を見て、僕はさらに驚いた。女性だ。女の人が僕に声をかけてきた。しかもラブホテルで。なによりこの人、、、

おっぱいがでかい!!!!

皆様は一人でラブホテルに入り、エントランスで巨乳の女性から声をかけられたことはありますか?おそらくないでしょう。

とんでもないことが起きている。とんでもないことがなにやらエロイ雰囲気をまといながら起きている。いやらしい予感しかしない。卑猥なことしか考えられない。あぁ、おっぱいおっぱい。

脳内ではそんなことを考えながらもかろうじて一人であることを女性に伝える。

名を「あさみ」と名乗るその女性は東京から一人で甲子園を見に来た。そして僕と同じように宿が見つからずこのラブホに泊まることにしたらしい。

「知らない土地で一人は少し心細かったんです。よかったら晩御飯を一緒に食べに行きませんか?」

あさみさんが言う。もちろんきょにゅ…女性からのお誘いを断るような真似はしない。

エントランスに七時に集合することにして、一旦各々の部屋に入った。もちろんラインの交換は忘れない。

七時まで約一時間ほど間がある。僕はそのあいだソワソワしかしなかった。何度も冷蔵庫の中身を確かめたり、アメニティーをひたすらチェックしていた。もちろんアダルトチャンネルの確認も怠らない。

そうこうしているうちに約束の時刻になり、僕はエントランスへむかう。あさみさんと一時間ぶりの再会を果たし近くの居酒屋に向かった。

居酒屋で話すうちにわかったことが三つ。一つはあさみさんが31歳だということ。二つ目はあさみさんがナースの仕事をしているということ。三つめは、やはりおっぱいが大きいということ。

古代ギリシアの哲学者ソクラテスはこんな言葉を残している。

「31歳で巨乳のナースはエロイ。」

ソクラテス大先生のお言葉に間違いはない。エロイ。あさみさんはエロイんだ。

もしかして今夜僕は童貞を卒業してしまうのでは?夜の満塁ホームランを打ってしまうのでは?

そんな青臭い期待を抱いてあさみさんとラブホへと帰る。

帰りながら僕は思った。ほんとにこういった形で童貞を捨てていいのか?こういうのは好きな人とじゃなきゃダメなんじゃないか?

なにを童貞臭いことを言っているんだ!卒業できればそれでいいじゃないか。旅先で偶然出会った女性と一晩過ごす。そんなシチュエーション二度とないぞ。

僕の中の天使と悪魔がささやきあう。どうしたらいいんだ!

そのときあさみさんが僕にこう告げた

「わたし準備あるからマツキヨによっていくね。またあとでね!」

マツキヨで…準備…

あとでね…ということはホテルでも会うつもりだと…

つまりどちらかの部屋で会おうと…

 

ああぁぁあぁぁぁ、これはもうsexの流れや。童貞にもわかる。これはもうsexするやつですやん!

そのときの僕は決して興奮で鼻息を荒くしたりはしなかった。むしろ恐ろしかった。ワンナイトラブというものに憧れはあった。しかし、童貞に見知らぬ土地で見知らぬ人とのワンナイトはあまりにハードルが高すぎる!

逃げよう。そう決めて僕はホテルまで走った。部屋にもどり素早くシャワーを浴びると、執拗にチェックしたアダルトチャンネルも見ずに眠りについた。

翌朝童貞を守り抜いた充足感で目を覚ますと同時に、sexのチャンスを自ら棒に振った後悔が僕を襲った。

 

 

俺はこの夏を、あさみさんという女性を生涯忘れないだろう。ありがとう甲子園、俺とあさみさんを出会わせてくれて。ありがとうあさみさん、俺に大人のほろ苦さを教えてくれて。

 

約一年半後、僕は東京に上京した。

あさみさんのラインはまだ残っていた。少し考えてからメッセージを送る。

「お久しぶりです。甲子園のラブホで出会ったものです。就職で上京してきたんですけど、よかったらご飯でもいきませんか?」

 

 

返信は来なかった。ブロックされていた。

あぁこれが俺の青春だ。

 

 

 

あさみさんお元気ですか?

今年も夏がやってきましたね。